成功より、たった一つの改善を。

精神というくくり

今日は精神というくくりのお話。

もどかしさ

知的障害であったり、精神の発達機会が与えられないいまま成長してきた方も多くいます。その場合、あまり社会経験がなく、多角的に物事を見る視点であったり、リスクアセスメントであったり、他者の思いであったり、そもそも今していることが何の目的で行なっているのかすらよく分からなかったりします。

行動が非効率であったり、こちらとしては正攻法を知っている事柄であったりすると、つい口を出したくなるのが、先人者の常ですよね。

絶対的な新人である後輩に、経験という勝ち得ない武器でマウントを取ってくる先輩のような存在になりかねません。

また同じところにハマっているな、前も同じ悩み言ってて話したのにな、それはもうやらないって決めたのに何でまた同じことするんだ…と支援をしながらも、悩むこともあります。

こうすれば良いのに、と分かりやすく伝えることも、もしかしたらできるのかもしれません。けれどそれは自分のもどかしさに基づいた勝手な援助になってしまいます。

こちらから見てもどかしくとも、待つことが必要です。正解を与えることが正しいわけではありません。正解だと思える答えまで辿り着ける思考展開と、決めたことを行動化できる事が目標なのです。

良くなればいい

こうなったらこれ、その時はこうしたらいいよ、と結論だけ伝えてくる職員もいます。その場合は、あなたがその結論まで辿り着いた思考展開を一緒に一つずつ踏んでいって、と伝えます。

魚をあげるのではなく、魚釣りの方法を教える、これが精神科訪問看護の視点で必要です。

そのハシゴじゃあ登れないよ、木で作らないと崩れちゃう、と思っていても本人が藁で作るというならば、一緒に作るのです。

藁をたくさん集めて、なるべく丈夫になる方法を検討し、形や作成方法を共に検討し、試作、登っているところを見守りつつ、登れなかった時にはなぜこの結果になったのかを共に考えることを最速で行います。

正解を求めるのではなくて、たったひとつでいい、改善すればいいのです。

紐ではできない、枝でも無理だった、藁ならできるかと思った、むしろハシゴは諦めて体一つで登れないかなと思ったけど怪我した、どうしたらいいんだろう。その問いこそが、生きることなのだと思います。

ですが実は、こちらが藁でなんて作ったら絶対無理でしょ、と思いながら見守っても、素晴らしい方法で登りきることもあったりします。それは彼らの素晴らしさで、私たちが自分の世界からしか物事を見ていなかったなと教えてもらえる瞬間でもあります。

悪くなるからこそ良い

できないこと、悲しいこと、悩むこと、たくさんあると思います。けれどその時に辛く苦しいことでも、後々から見れば「あの時経験してきていてよかったな」と思うことが多くあります。

成功をするためには、どれだけ早く失敗を繰り返せるかが重要です。

早く失敗を繰り返すためには、行動をし続けることが必須になります。それが例え、その一場面のみ見れば良い選択ではないかもしれません。ですが、違う角度からの学びがあることも非常に多いです。

その多くの要素を秘めている「経験」という事柄に、どれだけの付加価値をつけ、人生の中で最大化していけるかが、訪問看護としてもお手伝いしていきたい場面です。

一度も挫けないヒーローにファンはつきません。一度も負けることなく最短で海賊王になるよりは、負けたり泣いたり、仲間ができたり、笑ったり怒ったり、敵と和解したり、悲しい別れがあったり、たくさんのことを経験したからこそ、「その人」という人間に味わいが出てきます。

その過程を知っているからこそ、周囲は応援してくれたり、手を貸してくれたりするのです。

今は失敗だと感じるかもしれない。でもそれは、周りの人を惹きつけるあなただけの経験です。傷ついた時、もうダメだと思った時、そんなことに気付かせられる、一番のファンでいたい訪問看護の思いです。

そんな私の根拠のない、精神というくくりのお話、でした。

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