今日は教育のトライのお話。

病院は学校
訪問看護とは何か、というと塾みたいなものだよ、と伝えることがあります。
病院は学校、教育要領が決まっていて、ガイドラインがきちんとなされている、規律の取れた場所です。必要とされる知識を適切に伝えてくれる、治療の基準となる非常に重要な場所です。ここで何をなされているか、どこまでの治療を行える段階なのか、それを基準に私たちは動きます。
訪問看護は塾です。学校で教わったことを基準としながらも、それについていくのが難しい場合は少し簡便にして、その人に合った段階のものを提供していきます。もちろんさらなる高みを目指したい人にはさらにレベルアップした知識やリハビリを提供していきます。
実はケアマネージャーはお母さんだな、と思っています。ケアマネージャーの決定無くして、訪問看護の提供内容は決まりませんし、出席した時の様子や、欠席理由などもケアマネージャーへの報告が必須です。
心の拠り所はケアマネージャーであり、他事業所、つまり学校や塾などへの不満を拾ってくれるのも一番寄り添ってくれているケアマネージャーあってこそです。ケアマネージャーの協力なくしては、学校へも塾への通ってくれなくなってしまうところが、本当にお母さんだなと感じる瞬間でもあります。
異論は全面的に認めます。
個別性を尊重する
訪問看護、塾の役割は「個別性に配慮」が一番特化した機能です。食事内容が病院から伝えられたとしても、1日2食の人にはどうするか、どうしても毎日甘いものが食べたい人はどう工夫するか、栄養が偏った食習慣の人に、どうしたら少しでも栄養のバランスを整えられるのかと検討します。
病院でももちろん寄り添ってくれています。ですが病院という場所では本音を明かさない方もたくさんいて、「はい、わかりました」の返事をしては時間を過ごす人もいます。
もちろん分からないことを伝えればきちんと答えてくれる環境ではあるのですが、なかなか自分という人間を伝えられない場所でもあります。
その点訪問看護は自宅に訪問しますし、ケアマネージャーから聴取できる情報が多いので隠しようがない環境に飛び込めたりします。
栄養指導や、内服管理、心理的な面や家族関係など、病院では踏み込めない部分に介入できることは利用者さんの生活を改善していくのに欠かせない部分となってきます。
エンパワーメント
本人の力を高めることは、何より重要な生きる力です。
どんな良い教育でも、どんないい家庭環境であっても、本人に合っていなければ力を高めることはできません。それはどれだけ優秀な教育者がいても、家庭環境との連携が取れなければ意味のないことと同様です。
ひとりの実力者がいても、本人の環境全てを管理できるわけではありません。全員が連携を取れていたとしても、本人が伸びたい方向に注力できなければ、それは意味を成しません。
教育要領、つまり根本となる治療方針があってこそ利用者さんの力になれるのです。それは訪問看護が医療機関からもらう訪問看護指示書があってこその訪問看護であることと同様です。
根本のガイドラインがあってこそ医療、そして利用者さんがあってこその生活、それが在宅医療の根本です。病院は学校、訪問看護は習い事、ケアマネージャーはお母さん。
それは利用者さんを子供扱いしているわけではありません。温かな優しさと思いやりで包む家庭のような優しさの比喩表現です。
そんな話を、うちの事業所の新入職員にはしています。
そんな私の根拠のない、教育のトライのお話、でした。


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