今日は精神というくくりのお話。

話を聞いてほしい
精神科訪問看護の利用希望者さんに「夜中不安になるので話を聞いてほしい」「夜死にたくなったときに来てほしい」という理由で訪問看護を希望される方がいます。
その場合は24時間対応体制加算というものがあり、24時間電話受付、必要があれば24時間訪問し対処する体制を整えています。
ですが、その要望に「はい、喜んで」と受けるかというと、最初にきちんと説明をします。
私はその電話連絡が病状を悪化させていくものだと考えています、と。
「話を聞いてほしい」「そばにいてほしい」その思いの根源は社会参加への熱望であったり、根本的な自己無価値感からくる孤独感であったりします。そんな時の対処行動が「訪問看護に連絡して対応してもらう」では、訪問看護なしでは生きられなくなってしまいます。
どんな病態であれ、私たちが目指すのは訪問看護の卒業です。自立支援を促し、自己決定できる能力を身につけ、必要時は援助を求めながらも自力で生活していく力です。
連絡して、どうしたらいいのかと助けを求める能力は非常に重要です。ですが、連絡したら後はなんとかしてくれる、では自分の人生を自分で生きているとは言い難いのです。
自己対処能力
まずは訪問看護を受けている昼間のうちに、衝動的な思いに至ったらどうしたらいいのかを話し合います。認知行動療法であったり、クライシスプランの作成であったり、色々な対処を検討します。
その上で24時間対応体制加算に加入していて、夜間に連絡があった場合、その対処行動を行うことを促すととともに、臨時で翌日に担当看護師が訪問することを提案します。
もし、24時間対応体制加算の文言に記載してあるような「緊急時」の連絡ではなく、「寂しかった」「昼から思ってたけど話したくなった」「急ぎじゃないけど伝えようかと思って」などの理由であれば、再度24時間対応とはなんなのかを翌日昼間に説明します。
それは「寂しかったんだね、かけてきていいよ」という対処では「夜は大抵の人が寝ているのだから、暇つぶしで電話するのは迷惑である」という常識は伝わらないからです。
在宅は病院で当たり前にナースコールを押せば看護師が来てくれる環境とは異なります。訪問看護は最初に接する社会としての役割を担っていると思っています。
なので、夜は緊急の要件でなければかけなくて良い、昼間で間に合うことは昼間に話す、そう伝えなければ、それが常識と知らず周囲の人に電話やSNSでの連絡を行っては、周りから煙たがられることになってしまいます。
相手がたとえ看護師であろうとも「寝ているだろうから、明日にしよう」「寂しい気持ちがあるけど、こんな時は頓用薬飲むように話したから、飲んで寝てみよう。でも不安だから明日来てもらおう」と配慮をするだけでなく、自己対処をすることができる力をつける、それが訪問看護の目標です。
それで人の気持ちを思いやること、社会の中で失礼になることや、友人ができた時、恋人ができた時に自分と相手の境界線を形作っていく最初の一歩につながるのです。
夜は寝る
基本的な話ですが、精神科かどうかを問わず、人は夜しっかりと寝ないと体調を崩します。
悩み事は夜一人で考えても、いい案は浮かばないものです。なので私は「夜悲しくなったら寝る、昼悲しくなったら考える」ことを伝えています。
昼悩むことは悩むべきことなので、昼に一緒に考えます。なるべくお腹いっぱいにしてから考えることをお勧めしています。睡眠不足で空腹な状態で考えるといい案も浮かびません。自分の人生を悲観的に考えないためにも、まずは体のコンディションは万全にしておくことが必要です。
それは看護師も同じです。夜寝て、昼訪問看護に行く、それができてこそ、いい仕事ができるものです。
なのでお互いのために「夜は寝る」を推奨しています。
善意で夜中に話を聞き続けることは、その人の自己対処能力の成長を阻害する行為です。色んな能力をつけてほしい思いはありますが、その根幹としては「あなたなら大丈夫」という利用者さんへの信頼があります。
そしてそのケアをしてくれている職員にも「あなたがケアしてくれているなら大丈夫」という信頼もあります。
安心して「夜は寝る」、それは社会で生きていく上で、とても大切な能力です。
そんな私の根拠のない、精神というくくりのお話、でした。


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