楽しいということ。

精神というくくり

今日は精神というくくりのお話。

行動がもたらすもの

楽しいことってなんですか、というと「音楽を聴くこと」「ライブに行くこと」「美味しいものを食べること」「寝ること」「友達と話すこと」など色々なことが出てきますよね。

楽しいとはとても曖昧なもので、五感で感じるものでもないし、みんなが統一して同じように感じるものではありません。

冬は寒さを感じるように、この音楽が鳴ればみんな楽しいなんてことないですよね。

楽しいという概念は非常に曖昧で、同じ環境であったからといっても今日は楽しくても、明日は楽しくない場合もあります。内面的な変化が非常に反映されやすい不安定な思いです。

楽しいが継続することで、それを趣味と呼んだり、特技と呼んだり、努力とも表現されたりします。楽しいが発揮される方向性は非常に多くあり、たくさんの可能性を秘めている思いです。

気持ちが先か、行動が先か

つい私たちは行動に伴う「楽しい」を拾ってくることをしがちです。これをしてみたら楽しかった、が続くことで、これをすれば自分は楽しく感じるんだと思い込んでいきます。

行動が楽しいをもたらすのではく、楽しいという思いが発生した際にその行動がたまたま伴っていた、ということも多くあるのです。

方程式をすぐに作ることで、安定した供給がなされることに人は安堵を覚えます。これをしたらあの楽しい気持ちがやってくる、そう自分に伝えることで、楽しさの安定供給が実現すると思っていたいのです。

ですが楽しいという気持ちは非常に曖昧で不安定です。何か心に引っ掛かることがあった時、気持ちの余裕がない時、苛立っている時などの先立った感情がある場合は、打ち消されてしまうこともあります。

そうした時に、これをすれば楽しい、は成り立たなくなってしまいます。ですが箸が転がっても楽しい年頃なんて時期もあったりするのは事実です。

何をしていても楽しいときは楽しい。何をしていても楽しくないときは楽しくない。どちらも事実として存在するのです。

何をするかより

ストレスコーピングの際に、楽しいことをしよう、という提案はよくあります。

コーピングについてはコーピングなるもの。にも記載していますが、情動処理型というか、さらなる分類をされたストレス発散型に分類されるものでもあると思います。

ですが、大人になればなるほどつい狭まりがちです。これをしていれば楽しい、これがあれば楽しい、そんな自分への暗示が意味をなさなくなっても続けてしまうものです。

何をするかより、その時の自分の気持ちに耳を傾けることが必要です。どんな気持ちなの、何を求めているの、と確認することです。今の自分が求めていることはそもそも「楽しさ」ではないのかもしれません。

楽しいは曖昧で不安定です。絶対に楽しい気持ちになんてなれない、そう思った自分が突然吹き出すほど笑ってしまうこともありますよね。

楽しいことをしたいという気持ちは年齢問わずあります。そんな自分が何したら良いのか分からない時は昔の杵柄に頼るより、新しいことを試す姿勢があることが、一番自分を楽しませることができると思います。

自分はいつだって最新だから、新しいものを求めているものです。

これをやれば楽しいより、楽しいことは世界中に溢れている、そう自分に伝えることが、世界が楽しく見える、一番の行動です。

そんな私の根拠のない、精神というくくりのお話、でした。

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