管理者として一番大切にしていること。

運営のおしごと

今日は運営のおしごとのお話。

どんな人が管理者として相応しいのか

訪問看護の管理者としてどうなりたいか、という理想はゼロから作り出すものではありません。訪問看護でなくとも私自身が社会人を経験してきた中で、今までたくさんの上司と出会ってきたと思います。上司という括りでなくとも今後おそらく上司になっていくであろう先輩方には大変お世話になってきました。

そんな中で自分がどんな上司をいいと思ってきたのか、どんな上司になりたいと感じてきたのでしょうか。

社会人の初期は、感情に振り回される上司は非常に嫌だったことを覚えています。TPOをわきまえず自分の機嫌で怒鳴りつけてくる。それは私にも問題があったのだとは思いますが、耐えるしかない社会人1年目にはとても苦しかったです。

先輩方にもとにかく蔑まれてきたな、というのが印象です。これができない、あれができてない、こんなこともしてない、常識がおかしい、あなたは意識状態がおかしいんじゃないの、なんて言われたのを覚えています。見た目についても揶揄されたのを今もちくっとするほど覚えています。

えっ、なんか悲しくなってきたぞ。

その次の仕事場では、職員と距離が近すぎるのもなんかなぁと思っていました。何かあれば師長、何があっても師長と頼りにされているのは伝わってきましたが、自己犠牲が著しかったので、こんな仕事の仕方いつまでやるんだろうと思っていました。

知識はなく、その病院で何十年と働き、きっとそのまま、あと何十年も働いて定年を迎えるのだと思うと、こんな風になりたくないと思っていました。何を聞いても根拠ではなく「いつもこういう風にやってる」「この病院はこのルール」というように病院で培った経験だけを話されていました。

ここに長くいると、そうなるのかと恐ろしい気持ちになりました。

終盤に勤めたのはICUでもあったので、仕事にあまり関わってこない上司、多くいました。勤務表を作るのが上手ければいい、患者管理には何にも口を出さず、外部との橋渡し的な位置合いだったように思います。

気分のムラがあっても、そこに適切に合わせ、事をうまく運んでいけるようなスキルはもう自分に備わっていたような気がします。そうやって適度に波長を合わせ、難なくこなしていけるような社会人に私は成長していたのだと思います。

そう考えるといい上司もたくさんいたのですが、悪い上司がいてもそれはそれで、私を成長させてくれていたのかもしれませんね。

印象に残るのは嫌な感情を残していってくれた方が多い気がします。

職員との関わり方

近すぎても遠すぎてもいけない。飲みに誘って話をするなんて、呑みハラと呼ばれる時代です。

職員のプライベートな時間を搾取している感じがするので、飲み会もなるべく最小限にしています。

一定の距離は保ちつつ、けれど壁は感じさせずになんて綺麗事かな、とも思っています。私がまず私らしく楽しく仕事をしていなければ、職員にも私と関わるメリットは伝わらないからです。

なので私は自分が一番楽しむことを大切にしています。1on1ミーティングも1週間に1回、と義務化するとお互いにしんどくなる時がきます。今は安定しているし、ミーティングしなくても大丈夫そうかな、今日あれがあったから、今日話さなければ、というお互いのタイミングも大切だなと思います。

見ているよ、ということを伝えるのは電話でもできますし、愛情を伝えるのは福利厚生でもできます。職員への関心や愛情を示す方法はたくさんあります。

職員個々の思考展開や成長発達段階の変化があります。それを如何に見極めて、適切にサポートするかが私の技量が問われるところです。

1on1ミーティングは「職員の仕事の進捗状況を確認する場」ではなく「事業所があなたの仕事を適切にサポートできているかを確認する場」です、と最初に伝えています。

職員が求めているサポートをできていないのではないか、休息や相談の場が少なくないか、チャレンジする機会を奪っていないか、やる気を削ぐような出来事はないか、不安を感じている業務はないか、など事業所として、管理者として反省すべき点は行い、改善していきます。

「この面談は上司のサブスクだよ」とも伝えています。聴き放題で、使い放題です。活用しないともったいなのです。サブスクなのだから。

結局は自分がどうあるか

自分はどうありたいのか、というと良くも悪くも「自分以外の人間にはなれない」と腹を括ることなのかなと思っています。

けれど私が楽しむこと、私らしくいること、がとても大切ですが、管理者としての一番は「尊敬される人間であること」だと考えています。

なので私は誰よりも速いスピードで成長していこうと思っていますし、知識の収集も欠かしません。冷静で矛盾のない、いつも楽しんで働いている人間であろうとも思っています。

部下が離れるのは結局のところ、上司が尊敬できなくなったから、というのが常に結論だと思っているのです。

私は私以外にはなれない、ですが、私は誰よりも私になれます。

訪問看護は職員のファンを増やすこと、と以前お伝えしましたが、事業所運営は管理者のファンを増やすことであるのかなと思っています。

それは完璧を見せるのではなく、時に落ち込んだり迷ったり、頼ったり楽しんだり、いろいろな私が職員に誠実であるよう生きていければと思っています。

上司のサブスク使いたい、そう思ってもらえる管理者であることは、実はなかなか難しい課題なのです。

そんな私の根拠のない、運営のおしごとのお話、でした。

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