今日は精神というくくりのお話。

幸せってなぁに
幸せは人それぞれですが、なくても生きていけることも多くあります。これこれっと思うような明らかな幸せもありますが、当たり前にあるものを数えていくことで見つかる場合もあります。
私としては豆腐に乗せるネギみたいなものだな、と思っています。メインはもちろん豆腐なので、味はタンパクで、多分たくさん食べると飽きます。でもネギという幸せがあることで美味しく食べ進められたりするのです。
大事なのは、メインは豆腐であることです。
豆腐が幸せの分類ではないかというと、タンパクではありますが、美味しいですよね。栄養もあります。かけるものが醤油であったり、ポン酢であったりの部分がネギほどではない幸せなんですけど、別に飽きないんですよ。
豆腐嫌いの方はすいません。きゅうりとか、キャベツとかに浅漬けからの糠漬けとか、塩昆布かけるよね、とかに置換して考えていただければいいのかなと思います。
なくても生きていける
豆腐のネギってなくてもいいんですよ。でも、あったら嬉しいんです。生姜とか、ミョウガとかなんやかんやも同じ扱いですが。
生まれてきた以上生きていくことが使命的に課せられているので、ひたすら食べていくのですが、美味しい時もあれば苦行になる時もあります。
つい人生に疲れたりすると「じゃあどうすればいいんですか」という質問を受けることがあります。そういった思いを持つときには「人生に正解がある」と思っていることが多いです。このやりとりは「なんていったら正解なのか」、この事象に対しては「何をするのが正解なのか」、そんな単純な正解を、しかも他者からもらえるなんて、非常に難易度の低い人生になりますよね。
ですが、人生は豆腐です。木綿と絹の差は大きいかもしれないし、原産地の大豆の差や、作成した方の技術の差は大きいと思います。
豆腐に詳しい人ならまだしも、という感じですが、目を瞑って食べてもどこ産の豆腐かは、私にはわかりません。
多分、人生の正解は上に何をかけるかの話ではなく、自分がどこ産の大豆なのかという話をしてしまっているのだと思います。でも、もう豆腐になっちゃってるから、大豆がどこ産かは変えられないですよ、という残念なお知らせなのです。
残り香はある
豆腐の上に乗ったネギは、食べたらなくなってしまいますが、残り香はあります。ふんわりと香る、いい匂いであり、他の人からしたら多少気になる匂いです。
ふんわりと香る余韻を口元に添えて、また食べられる日を待ち望むしかないのです。
正解は豆腐にはないのです。元々の豆腐に、何をどれくらいかけられるかが幸せです。豆腐の味がもっと良かったら、伝統職人が作ってくれていたら、色んな思いがあると思います。
ですが、側から見るとさほど感じないものであったりする場合もあります。深く知っていけばいざ知らず、そうでもない時は、お互いにそんな差を感じないものなのかもしれません。
そうなってくると、上に乗っている幸せのネギが深谷産かどうかなんてことすら気にならず。いいなー、ネギとなっているのかもしれませんね。
総合的には、美味しいと感じられるかです。それは何も乗ってなくても、何が乗っていても、ですよね。
そんな私の根拠のない、精神というくくりのお話、でした。


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