今日は本をよむことのお話。

本の感想
私はひらがなが好きで、児童文学が好きです。
児童文学を描いている作家さんが紡ぐ、文章の奥行きにとても惹かれます。好きは漢字で書いて、嫌いは漢字で書かない、それが文章を読んでもらうターゲット層の漢字習得に合わせたものなのかもしれないけれど、その奥行きにすごく惹かれます。
きっとヨシタケシンスケさんの作品は、児童文学というより絵本に分類されるものなのですが、読み聞かせをしていても、子どもは笑っていて、私は泣いているという現象がよく起こります。
この作品も同様で、描写に当てはまること、その時の情動と、ただ淡々と語られるゲームのルールの相対する表現に目の奥がつーんとなります。
自分の辛いこと、苦しいこと、真っ直ぐになってしまうと自分が辛くなること、そんな時に正面から立ち向かうのではなく、「そういうゲーム」そんな視点が持てれば、苦しくなり過ぎずに済むのかなと思います。
人生は一つしかなく、進むか終わるか、その2択になることで自分が苦しくなることがあります。でもそんな中で色んなゲームに参加することができれば、苦しみは分散されるのかもしれません。
たまたまこのゲームに負けて、でもこのゲームはルールが違って、このゲームは初心者だけど、こっちはベテラン。だから元気がある時はこのゲームをやって、何も考えたくない時はこっちのゲームをやる。楽しいゲームをやるために、このゲームをやるのはただレベル上げが必要だから仕方ない。
そんな考え方で辛いことも、自分の依存的な気持ちも、全てだと感じそうになる人間関係も少し距離を置くことができる。いざとなれば実はリセットすることもできる。だって、それは人生で行うゲームのただの1種類だから。
ひとつ終わっても、ひとつ始めればいい。ゲームオーバーになっても、また新しいゲームができる余裕ができるだけなんだ。
自分の人生はこれ全てではない、だから一歩引いて、そんな側面もある、そんなただのゲーム。そう思えたら救われた場面がたくさんあったんだろうなと、胸に込み上げてくるものがありました。
きっと子どもからしたら、なんで泣いているんだろうと思って、大きくなって、自分の子どもと本屋さんに行った時、懐かしいなと思って手に取ったこの絵本を読んで、同じ思いになるんじゃないかと思うのです。
あぁ、あの時親はこんな気持ちだったんだ、なんて。
泣いている私は、読んでいる親自身の人生を案ずる思いではありますが、もしかしてこの子も、今はこんな小さいこの子も、いつかこの絵本に書かれているような、そんな思いをするのかもしれない。
それが書いてあるのが「絵本」というものであることが、切なさを増幅させているような気がします。
絵本を読んでもらうような小さなこの子に、知っていてほしい、でも、知ってほしくない。
人生はときに苦しくて、悲しい。でも楽しいし、面白い。でもどうしようもなく辛くなったとき、この本が我が子のそばにいてくれたらいいな、と思うのです。
今は楽しく読んでいても、いつかその奥深さに気付く時、この中のワンフレーズでもあなたを救ってくれる力になると思うから、少しでも覚えていてねと願いながら読み聞かせます。
こうしてきっと、大人の生きづらさを解消していく生き方が教育として染み入ってくれたらいいなと思います。たくさん苦しんだ大人が、たくさんの実現できなかった「こうしたらいいよ」が溢れている中で、今後を生きる子ども達が、少しづつでも生きやすい世界になるように。
あなたの人生には、これから必ず悲しいことも、辛いこともある。それでも生きていかなきゃいけない時もある。でもね、必ず私はあなたの味方でいるよ。
子どもは眠くなっても、大人は眠くなくなる絵本。威力は絶大です。
そんな私の、本をよむことのお話、でした。


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