不完全主義。

本をよむこと

今日は本をよむことのお話。

本の感想

ちょうど利用者さんから苦情をいただき、とてつもなく引きずって、落ち込んでいました。

でもこんなに落ち込んでたら生きていけない、誰か助けて、と思った時にいくのはいつも本屋さんです。なぜかというと、私が味わうような人生の危機は他の方々はとっくに体験して、そこからたくさんのことを学んで、それにさらに積み重ね、その経験を高め、本にするまで素晴らしいところに辿り着いた人が必ず、必ずいるからです。

私なんてモブだな、そう思うことが時には救いになったりします。

不完全主義はそんな私を救ってくれたピッタリな本でした。

私はいつの間にか失敗のない、完璧な自分を目指していたのかもしれません。この経験をし続ければ、いつか何事もそつなくこなせる素晴らしい人間になれると信じていたのだと思います。

経験すればするほど、責任は重くなるし、起きることも大きくなります。それにさらに立ち向かい、燃え尽きては、心が重たく動けなくなる。あれ、このまま動けなくなるんじゃないかなと思うほど不安を抱える日も少なくないです。

でも、問題がなくならない日なんてないし、全てが完璧にいく日なんてない。そんな日は未来永劫来る時はないし、今日は今日しかない、それで良いんだ、というかそれしかないじゃん、と思い直させてくれた本でした。

いつだって人は悩んで考えて、いつも自分を鼓舞したり、責めたり、未来に期待したり、過去を悔やんだりしてしまいます。

ですが、今しかない今は刻々と過ぎていきます。望んだ未来にすでに辿り着いているはずなのに、いつも今を不満に感じながら、来ることを熱望していた未来を食い潰していく。そんな生き方は、果たして努力し続ける自分が望んでいた自分なのだろうか、と問うてみれば答えは明らかです。

なんでもできる、けれど、何もできなくていい。その今をあるがままに受け止めることで、すでに見えていたはずの道でも、はっきりと見えてきます。

完璧じゃなくていい、自分を隠さなくていい、失敗しても、欠点があっても、そのままでいい、私が完璧であってもなくても、そんなこと側からは分からないことですもん。

私は失敗や欠点を隠そうとしては必死になって、怒ったり騒いだりしていたんだと気づいた時、苦情処理がすごく楽になりました。私ができていなかったことはちゃんと謝る、その上で自分の行ったことの意図を話す、そうすることで私は私に嘘をつかずに済みます。

側から見れば穏便に終わった苦情でも、私の中に残っているものは情動が処理できていないものです。ここは体裁を重視して、自分の非を隠してしまったな、相手の感情に屈服して諦めたな、本当は違うことを思っていたのに、自分以外を重視して嘘をついたな、そんな後悔があるものは自分の心に重たく残ります。

そんな対処ももちろん大事な時もあります。でも私は私として生きていく上で、重要なことは私そのままで私を認めていくことだと思うのです。一番そばにいる自分が、自分を卑下したり、嘘ついたり、無視したりするのは一番私が傷つく行為です。

不完全であることをいっそ主義にする。そんな生き方ってすごく自分に正直で、素敵だなと思います。

他の人に言われても、私不完全主義なんで、と思えるのは「主義」ってつくとなんだかかっこいいような、潔いようなそんな気持ちにさせてくれるからなんだと思います。主義だから、貫いていかなくちゃっとなんか強くなれるそんな「不完全主義」という名題目は自分を鼓舞してくれる、素敵なキャッチフレーズとなりました。

ぜひ、現代社会を歩むのに、鎧を着ている皆様に読んでいただきたいです。その鎧、重くありませんか?脱いでも実は攻撃してくる人、いないんですよ。

そんな私の、本をよむことのお話、でした。

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